安達 健 個展 -成りかたち- に寄せて

安達健の器,大阪

 

2019年に続きQuwanで個展を開催してくださった安達健さんが、個展に向けてブログに言葉を投稿してくださいました。

「大きな物語と、もっと大きな物語について」と掲げられたタイトルは、小さな生活を一つの接点と捉え、そこから広がる果てのない思想の世界を表現しているのだと感じます。

器を作る作家の言葉。私たちはモノと向き合いながらもそれを生み出す人の感情や思想に魅了されます。小さな器が内外に持つ形の見えない部分を見つめているのかもしれません。

視覚的な"かたち"にフォーカスした今展を、言葉でさらに深く広くしてくださったことに感謝し、下記に転載させて頂きます。

 

大きな物語と、もっと大きな物語について

2020年も瞬く間に半分が過ぎました。この期に及んでもなお、瞬く間に。

言わずもがな、この半年、社会状況にはそれはもう暗い暗い影が差しました。新たに認知されたウィルスへの感染拡大が今もって収まりを見せず、脅威を振り撒いています。

そんな現実を前に、誰しもが一度となく足をすくめ自他を省みざるを得ない環境に閉ざされました。否、現に追い込まれています。

幸か不幸か、社会的大義と膨大な時間を不意に手にした僕らはそんな現代において掌中にあったインターネット環境により、これまで以上に情報の広く深い海へ易々身を投じることとなり結果、ホームに居ながらにして、万人が科学を、歴史を、社会を大きく物語るようになってきています。一方で、その物語の魔性に慄き、あるいは胡散臭いと忌み個へと逃げ込み、小さな物語のみを紡ごうとする向きも加速しています。

かく言う僕も、これを機に始めたインスタグラム投稿はそうした一様態と見られかねないと自覚します。

けれど実のところ僕の感触としては個別具体的な一人の暮らし、生はつまるところもっともっと大きな、遥かなる文脈に依っているのだと。

粘土の内から芽吹く名も知らぬ双葉の姿に、
芝目から跳び交う子バッタの夥しさに、
眼前をうねる風の中の夏の香に、
2歳児の口走る音の連なりに、

取るに足らないほどにかそけき物語にも、根を手繰れば深遠なる意味が見出せるし、切り分けたはずの事物すべては、逃れ得ない同一面上に語り尽くせる

Think globally, act locally.こんな標語も数年周期にお出ましになるけれど、今此処でこのしごととくらしを重ねる僕の実感からすると「Think and act biologically.」

激化を辿る大小あらゆる対立も、太らされた欲望や、煽られた恐怖も、スマフォよりずっと肌身にあった生きものとしての感性の前ではほとんど無力化する、と気付く。

僕らはもう何十億年も前から、大きな大きな物語の中に漂っていてあまりの大きさと揺られる心地良さから、そのことをとんと忘れてきた。作り込まれてきた世界のほころびに際して、その足裏から地続きの、長大かつシンプルな物語の力強さに励まされるように生きものであることを感得する。

この数ヶ月、そんな経験なかっただろうか、と。

だいぶ逸れたように思われるかもしれませんが、本展「成りかたち」開催に当たって、その「かたち」は単純な意味での形=シェイプではなくて、「成り」、由縁までをも包含した様態についてを表していて、そこをこそ見たい捉えたいと願う僕のスタンスが、作る陶器に現れているという、Quwanお二人の視座の設定に、あらためて感謝しています。

暮らしのうちでもとりわけ食事はその大きな大きな物語への最大の接点、プラグインでお料理はもちろん、器などの道具や、食べる行為そのものに向き合っていくと自然、ページは繰られ、読み出せるはずです。

日々の食事を見つめる。
そのことの意義を今、あらためて胸に。

出展元:大きな物語と、もっと大きな物語について|あじのひものときゅうりのつけもの、とにぎりめしをひとつ(安達健ブログ)

 

安達健さんの個展は7月26日まで、ぜひ皆様のお越しをお待ちしております。

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